知的財産保護政策と科学研究
(平成15年6月8日)
現在世界的に知的財産権(Intellectual Property Right)による新産業創設が図られてい
る。大学においても知的財産本部が設置されようとしており、さらに大学が独立法人化さ
れると、知的財産権が財政基盤の一つの要素としてとらえられることは必定である。
知的財産に関して必要とされる取り組みは、その創出、保護、活用である。科学研究が
知的財産として認められるのは、ほとんどが特許権としてであり、特許権の保護と科学研
究の公開の原則との関係が大きな問題となる。
現在科学研究は、国際会議あるいは学会誌で公表される。特に学会誌による公表では、
その信用性はレフェリ−によって審査され、公表可と認められたもののみが公表される。
公表された論文の成果は、すべての人が自由に利用できることになっており、このプロセ
スが科学研究の公正性と健全性を保証するという暗黙の了解が培われてきた。
今後研究成果が知的財産として大学によって保護されることになると、研究発表はまず
大学の知的財産本部に提出され、その審査は大学内で行われる。また、知的財産権を保つ
のに必要とされる部分は公表されず、それ以外の部分だけが公表されることになる。
このとき、
1.学内者による研究の評価は、必ずしもピアレビュとはならず、レベルが落ちる。
2.結果が正しいとしても、その重要な部分が秘密にされることにより、研究の進歩が阻
害される。
3.知的財産保護の名の下に追試を許さないような発表が認められれば、科学の信頼性が
損なわれ、かえって科学の衰退をまねきかねない。
4.発明や発見を知的財産として活用し、研究資金の豊富化の一助にするなら、当然に活
用された知的財産に対する生産者責任が生じる。(従来もモラルとしてはあったが、より
厳しく問われることになる。)
5.外部資金を導入して行う研究では、申請書を出す必要があるが、その過程における秘
密の保持は極めて難しく、また研究課題のキーとなる考え方や方法などを伏せた申請とな
れば、公平な審査が不可能となる。
6.産学連携事業などで企業から資金を得た研究では、企業に都合の悪い部分を隠して知
的財産として保護を求められることが起こりうる。すでにこのようなことが原因で研究者
が社会的信頼を失った例は多い。
7.不十分な内容やねつ造されたデータに基づく研究が知的財産として保護されることが
横行し、研究者のモラルの低下が危惧される。
というような問題が生じる。
科学の発展の歴史において、科学研究は完全に公開されるべきものであると認識され、
それが故に一部の悲劇的な事実の隠蔽やカルト集団の暴走、環境問題など新たな問題の出
現をのぞけば、20世紀後半の科学はそれなりの健全性をもって発展したと言えよう。し
かし、知的財産保護の名目で研究の機密性が高まると、上で述べたようなことが危惧され、
科学そのものの信頼性が損なわれ、人類が直面する諸課題の科学に基づく解決可能性に暗
雲が立ちこめよう。
また、経済産業省の定義によれば、知的財産には、特許権や意匠権だけでなく、著作権
も含まれる。大学の知的財産本部は、学問の府として行われる大学のすべての営為につい
て、知的財産の創出、保持、活用を図るべきであろう。しかし、ほとんどの大学において、
知的財産=特許=産学連携という図式だけが強調され、大学の重要な任務である教育や基
礎研究がないがしろにされる可能性が高い。
大学が知的財産保護を掲げるとき、その責務は極めて重いものであることが認識される
べきである。とくに、科学の健全な発展を損なわないような、公開の原則を貫いた知的財
産保護政策がたてられるべきである。